昔より、ずっと効率はよくなった。
並ばなくていい。
探さなくていい。
待たなくていい。
洗濯も、買い物も、調べものも、
あっという間に終わる。
たしかに、使う時間は減っているはずだ。
では、その分、
時間は増えたのだろうか。
一日の長さは変わらない。
二十四時間は、昔と同じだ。
短縮されたはずの時間は、
どこへ行ったのだろう。
気づけば、空いたはずの時間を、
また別の何かで埋めている。
通知を確認し、
更新を追いかけ、
次から次へと情報を受け取る。
効率は上がった。
でも、余裕は増えただろうか。
昔は、待つ時間があった。
ぼんやりする時間があった。
何もせず、ただ考える時間があった。
今は、その隙間をすぐ埋められる。
退屈は、すぐに解消できる。
それは便利だ。
でも、退屈の中で生まれていたものは、
どこへ行ったのだろう。
時間は増えたのだろうか。
それとも、細かく分解されて、
どこかに散ってしまったのだろうか。
本当に欲しかったのは、
「速さ」ではなく、
「ゆとり」だったのかもしれない。
もし時間を取り戻す方法があるとしたら、
それは新しい機械ではなく、
何もしないと決めることなのかもしれない。
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