昔は、何をするにも手間がかかった。
お金を下ろすために銀行へ行き、
切符を買うために窓口に並び、
調べものをするために本を開いた。
今はどうだろう。
指先ひとつで、ほとんどが完了する。
並ばなくていい。
歩かなくていい。
探さなくていい。
手間が消えていく世界。
それは、間違いなく快適だ。
時間は短縮され、
ストレスも減った。
効率は正義のように語られ、
「簡単」「最短」「すぐできる」という言葉が並ぶ。
私たちは、少しずつ軽くなっていった。
でも、ふと立ち止まる。
消えたのは手間だけだろうか。
料理の下ごしらえ。
手紙を書く時間。
誰かを待つあいだの静けさ。
その手間の中に、
気持ちが入り込む余地があったのではないか。
時間がかかるからこそ、
考える。
迷う。
丁寧になる。
手間は面倒だった。
でも、面倒の中に、
小さな物語があった。
今はすぐ終わる。
すぐ答えが出る。
すぐ次に進める。
それは素晴らしいことだ。
だけど、何かを味わう時間まで
一緒に削ってはいないだろうか。
手間が消えていく世界で、
あえて少しだけ時間をかける。
ゆっくり淹れたコーヒーを飲む。
急がずに言葉を書く。
その小さな遠回りが、
自分を取り戻す時間になる気がする。
便利さの中で、
あえて残しておきたい手間もある。
それはきっと、
人間らしさの一部なのだと思う。
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