気づけば、覚えなくなっていた。
電話番号も、道順も、
ちょっとした漢字さえも。
思い出せなくても焦らない。
ポケットに手を伸ばせばいい。
そこに、もう一つの脳があるから。
予定はカレンダーアプリが覚えている。
写真はアルバムが記憶している。
行った場所も、買ったものも、
検索履歴の中に残っている。
スマホが脳の外付けになった日。
それは、たぶん特別な日ではなかった。
少しずつ、自然に、
気づかないうちにそうなっていた。
便利だと思う。
忘れてもいいという安心感。
思い出せなくても、すぐ補える心強さ。
でも、ふと考える。
自分の中に残っているものは、
どれくらいあるのだろう。
昔は、何度も繰り返して覚えた。
間違えながら、身体で覚えた。
忘れないように、必死だった。
今は、保存すればいい。
スクリーンショットを撮ればいい。
リンクを残せばいい。
脳の外に置いた記憶は、
確かで、整理されていて、便利だ。
でも、手触りは少し薄い。
時間をかけて覚えた記憶とは、
どこか質が違う気もする。
スマホが脳の外付けになった日。
それは進化なのか、退化なのか。
たぶん、どちらでもない。
ただ、使い方次第なのだろう。
全部を預けてしまうのではなく、
ときどきは自分の頭で考える。
忘れないように、あえて覚えてみる。
外付けの脳と、
自分の脳。
そのあいだで揺れながら、
今日も画面を開いている。
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