カバンの中に、一枚の大きな紙を入れていた。
広げると風にあおられて、
両手を使わないと持てないくらいの地図。
目的地を探して、
現在地に小さく印をつける。
道を指でなぞりながら、
「たぶんこっちだろう」と歩き出す。
曲がり角をひとつ間違えるだけで、
一気に自信がなくなる。
もう一度立ち止まり、
地図を広げ直す。
あの時間は、少し不安で、
でもどこか冒険のようだった。
今は、ポケットの中に世界がある。
現在地は青い点で正確に示され、
音声が「次を右です」と教えてくれる。
迷う余地すら、ほとんどない。
便利になったな、と心から思う。
知らない街でも、怖くない。
時間も無駄にならない。
それでも時々、
地図を折りたたんでいた時代を思い出す。
うまくたためなくて、
変な折り目がついてしまうあの感じ。
迷ったからこそ見つけた店。
予定になかった景色。
通りすがりの人に道を聞いた会話。
正確じゃないからこそ、
物語が生まれていた気がする。
今は最短距離で目的地に着く。
でも、遠回りの中にあった小さな発見は、
少し減ったのかもしれない。
地図を折りたたんでいた時代。
あの少し不便で、少し不安で、
でも確かに胸が高鳴っていた時間。
たまにはナビを閉じて、
勘だけで歩いてみるのもいい。
迷うことは、
悪いことばかりじゃなかったと、
思い出すために。
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