2026年10月24日土曜日

祖母に「これで写真が撮れるのよ」と言われて、カメラの時代を思い出した

 先日、祖母の家に遊びに行ったときのことです。

お茶を飲んでいたら、祖母が少し得意そうな顔でスマホを取り出して、こう言いました。

「これで写真が撮れるのよ」

しかも、ちょっと声をひそめて、秘密を打ち明けるみたいな言い方でした。

思わず笑ってしまったのですが、同時に、胸の奥がじんわりしました。祖母にとっては、電話の機能もついた小さな板で写真が撮れること自体が、まだ「すごい発見」なんですよね。

祖母が見せてくれた一枚

祖母が撮ったのは、庭に咲いた花の写真でした。ちょっとピントが甘くて、指も少し写り込んでいます。

でも、本人は大満足。「ほら、きれいに撮れたでしょう」と何度も見せてくれました。

その姿を見ていたら、ふと昔の記憶がよみがえってきたんです。

「撮る」ことが特別だった時代

私が子どもの頃、写真を撮るというのは、ちょっとした「イベント」でした。

フィルムは一本に枚数が決まっていて、24枚撮りや36枚撮り。だから、シャッターを切る前には、みんな自然と構えていました。

「ちょっと待って、今のうちに髪直す」
「もう一枚いく? フィルムあと少ししかないよ」
「これは大事な場面やから、ええ角度で撮ろう」

そんなやりとりがあったのを覚えています。

撮り終わったら、フィルムを写真屋さんに持っていって、数日後に受け取る。袋を開けるまで、何が写っているかわからない。

目をつぶっている写真、指が写っている写真、どこを撮ったのかわからない写真。それも含めて、受け取る瞬間は毎回ワクワクしました。

今は、撮った瞬間に見られる

それが今では、撮った瞬間に画面で確認できます。失敗したら、その場で撮り直し。気に入らなければ消せばいいし、枚数も気にしなくていい。

しかも、ちょっと加工すれば、実物よりきれいに見せることだってできます。

本当に便利になったなあと思います。

旅行先で何百枚撮っても、フィルム代を心配しなくていい。食べ物も、猫も、空も、思いついたときに撮れる。これはやっぱり、ありがたい変化です。

便利になって、変わったこと

ただ、ふと思ったんです。

昔は、一枚一枚に「ちゃんと撮ろう」という気持ちがあったなと。

今は気軽に撮れるぶん、撮りっぱなしになっている写真も多いです。スマホの中には、何千枚という写真が眠っていて、見返すこともほとんどありません。

それに比べて、昔のアルバムは、数は少ないのに、一枚一枚をよく覚えています。

どんな日だったか、誰と一緒だったか、何を話していたか。あの頃の写真は、数が少なかったからこそ、思い出と一緒にしっかり残っていたのかもしれません。

祖母の「一枚」に学んだこと

祖母は今、あの頃の私たちと同じように、一枚の写真を大事にしています。

撮ったことがうれしくて、見せたくて、何度も眺める。

それを見ていたら、便利になったことと、大切にする気持ちは、両立できるのかもしれないと思いました。

たくさん撮れる時代だからこそ、「この一枚は残したい」と思う瞬間を、もう少し丁寧に選んでみる。撮ったあとに、ときどき見返してみる。それだけでも、写真との付き合い方は変わりそうです。

おわりに

帰り際、祖母が「また今度、あなたの写真も撮ってあげるわね」と言ってくれました。

あの得意そうな顔を思い出すたびに、便利になった世の中の、いちばん素敵な使い方を教えてもらった気がします。

スマホの写真フォルダを、久しぶりに開いてみようかな。そんな気持ちになった一日でした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ


コータのAIイラスト、Xページへ


コータのユーチューブページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿