注文ボタンを押したのは、夜のベッドの中でした。
次の日の昼には、もう玄関に荷物が置かれていて、「え、もう来たの?」と、嬉しいはずなのに、ほんの少しだけ拍子抜けしたんです。
便利になったなあ、と心から思います。思うのですが、そのあとにふっと、こんな気持ちが浮かびました。
あの「届くまでの3日間」、ちょっと恋しいかも。
昔の「待つ時間」には、物語があった
少し前まで、ネットで何かを注文したら、届くまで数日かかるのは当たり前でした。
その3日間、私たちは意外と色々なことをしていたように思います。
- 配送状況のページを、用もないのに何度も開く
- 「明日の午前中に来るかな」と、予定を勝手に組み立てる
- 家のチャイムが鳴るたびに、ちょっとだけ期待する
- 届く前から、使っている自分を想像してにやにやする
商品そのものより、待っている時間の中で膨らんでいく期待が、実は一番の楽しみだったのかもしれません。
遠足も、前日の夜がいちばんわくわくするのと、少し似ている気がします。
ワンタップの世界は、確かにありがたい
もちろん、今の便利さを否定したいわけではありません。
牛乳を切らした夜、急ぎで必要な電池、うっかり忘れていた誰かへのプレゼント。ワンタップで解決できる安心感は、本当に頼もしいです。仕事や家事や育児で毎日が慌ただしい人ほど、この便利さにどれだけ助けられているか分かりません。
ただ、「欲しい」と「手に入る」の間が短くなりすぎると、「欲しい」という気持ちを味わう暇がなくなるんですよね。
押して、届いて、開けて、使って。気づいたら次の「欲しい」が来ていて、前の荷物の段ボールだけが玄関の隅に残っている。そんな日、ありませんか。
待つ時間は、自分と向き合う時間でもあった
届くまでの3日間には、実はもうひとつ役割があったと思うんです。
それは、「本当に必要だったのかな?」と冷静になれる時間です。
注文した直後の高揚感が少し落ち着いて、3日目あたりに「あれ、ほんとに要るやつだったっけ」と考える。その間に、ちゃんと必要なものだったと気づいて、さらに楽しみになる。あるいは、ちょっと冷静になって、キャンセルする。
今は、その「冷静になる前」に届いてしまいます。便利さの代わりに、迷う時間と、期待する時間を、知らないうちに手放していたのかもしれません。
3日間を、自分で作ってみる
そこで最近、ちょっとした工夫を始めました。
「欲しい」と思ったものは、すぐに買わずにカートに入れて、まず3日間置いておく。
これだけです。
3日経っても欲しければ、それは本当に欲しいもの。もう気持ちが薄れていたら、それはその場の勢いだったもの。
不思議なことに、この3日間を自分で作ると、昔の「届くまでの3日間」と同じように、わくわくが戻ってくるんです。
「あれ、どんな風に使おうかな」と考える時間が、買い物をちょっと豊かにしてくれます。
まとめ
便利になった世の中で、私たちは時間を手に入れました。でも同時に、待つという楽しみを、少しだけ手放していたのかもしれません。
ワンタップで届く毎日は、これからもきっと続いていきます。それはそれで、ありがたく使わせてもらいます。
その一方で、たまには自分で「待つ時間」を作ってみる。
そうすると、荷物を受け取る瞬間が、少しだけ特別なものに戻ってくる気がします。
あなたにも、「あの待ち時間、実は好きだったな」と思う瞬間はありますか?
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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