初めての街で、駅の出口を間違えた経験はありませんか。
私にはあります。しかも一度や二度ではありません。
改札を出て、とりあえず歩き出す。五分ほど進んだところで「あれ、この道じゃないかも」と気づく。立ち止まって周りを見回しても、知らない看板と知らない家並みが並んでいるだけ。そんな時間が、ほんの少し前までは当たり前にありました。
紙の地図を広げていた頃
昔のお出かけの準備といえば、まず地図を開くことでした。
分厚い道路地図帳、駅で配られている周辺マップ、出発前に印刷した地図のコピー。目的地に赤い丸をつけて、「ここを曲がって、あのコンビニの先」とメモを書き足す。そうやって準備しても、現地に着けば話は別です。
地図は北が上に描かれているのに、自分が向いている方角は北とは限りません。くるくる回して、向きを合わせて、それでも「結局、いま自分はどこにいるのか」がわからなくなる。通りがかりの人に「すみません、ここに行きたいんですが」と声をかけたこともありました。
不便でした。でも、あの頃の迷子には、少しだけ味がありました。
「右です」と言われる時代
いまはどうでしょう。
スマホを取り出して目的地を入力すれば、現在地が青い点で表示されます。歩き出せば、その点も一緒に動く。曲がる場所が近づくと、画面が振動して、声が聞こえてきます。
「五十メートル先、右です」
初めて聞いたときは、本当に驚きました。道を教えてくれるのが人ではなく、手のひらの中の機械なのです。
しかも、案内してくれるのは道順だけではありません。電車の乗り換え、発車時刻、ホームの番号、混み具合、雨雲の動き、お店の営業時間まで、一つの画面で足ります。
調べる、迷う、確かめる。かつては何度も繰り返していた手間が、ぎゅっと一つにまとまりました。
便利になって、変わったこと
便利になって、いちばん大きく変わったのは「迷うことへの不安」だと思います。
昔は、知らない場所へ出かけるのに少し覚悟がいりました。道に迷ったらどうしよう、時間に間に合わなかったらどうしよう、と。その不安が、ほとんど消えました。
おかげで、行動範囲は確実に広がりました。
- 初めての街でも、気軽に降りてみようと思える
- 遠くの小さなお店にも、ふらっと行ってみようと思える
- 旅行先でも、予定を詰め込みすぎずに歩ける
これは、とてもありがたい変化です。
ちょっとだけ思うこと
ただ、ふと思うことがあります。
スマホの案内に従って歩いていると、周りの景色が目に入っていないことがあるのです。画面を見ながら、言われるまま右に曲がり、左に曲がる。気づいたら目的地に着いていて、「いまの道、どんな道だったっけ」と思い返しても思い出せない。
昔、迷いながら歩いた道のことは、不思議とよく覚えています。道を間違えたおかげで見つけた小さな神社や、偶然入った喫茶店の看板。あれは、迷ったからこそ出会えた景色でした。
もちろん、あの頃に戻りたいわけではありません。急いでいるときの「右です」は、本当に心強いものです。
だから私は、こう考えるようにしています。
時間に余裕のある日は、案内を聞きながらも、ときどき顔を上げてみる。目的地に着いたあとで、帰り道だけは少し寄り道をしてみる。便利さを使いながら、迷う楽しさも少しだけ残しておく。そのくらいの付き合い方が、ちょうどいいのかもしれません。
まとめ
地図を広げて迷っていた時代から、スマホに「右です」と言われる時代へ。
道に迷う不安は、たしかに小さくなりました。そのぶん、知らない街へ出かける気軽さは大きくなりました。
便利になったことに感謝しながら、ときどき顔を上げて、自分の目で景色を見る。そんな歩き方をしていきたいなと思います。
次にスマホから「右です」と聞こえたとき、ほんの一瞬だけ、道の先の景色も眺めてみてください。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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