ふと気づいたんです。最近、本当に「何もしていない時間」ってあったかな、と。
待ち時間が、消えた
昔は、待つ時間がそこらじゅうにありました。
電車が来るまでのホーム。レジの順番待ち。病院の待合室。友達との待ち合わせ。ぼーっと景色を眺めたり、空の色を見たり、何を考えるでもなく立っていたりしたはずです。
いまはどうでしょう。ホームに立てば、反射的にポケットからスマホを取り出している。レジの列に並べば、もう画面を見ている。待ち時間が、待ち時間でなくなりました。
便利になるということは、「空いた時間」をなくしていくことでもあったんですね。
「ちょっとの隙間」まで埋められる時代
動画は倍速で見られる。ニュースは要約で読める。買い物はアプリでポチッと終わる。調べものは一言話しかければ答えが返ってくる。
どれも素晴らしいことです。便利さのおかげで、助かっていることは数え切れません。
ただ、その便利さが生んだ「余った時間」を、私たちはまた何かで埋めてしまう。節約した5分で、別のアプリを開く。早く終わった家事の分、別の情報を浴びる。時間は増えたはずなのに、なぜか心の余裕は増えていない。そんな感覚、ありませんか。
何もしない時間は、実は「何か」をしていた
先日、スマホを家に置いたまま近所を散歩しました。最初は落ち着かなくて、手持ち無沙汰でした。何度もポケットに手が伸びるんです。
でも、10分ほど歩いたころでしょうか。ふっと、頭の中が静かになりました。
夕方の風が少し冷たくなっていること。どこかの家から晩ごはんの匂いがしてくること。道端の草が、いつの間にか色づいていること。そういう小さなことに、やっと気づけました。
何もしていないようで、頭の中ではいろんなことが整理されていく。忘れていた用事を思い出したり、ずっと悩んでいたことの答えが、急に浮かんだり。「何もしない時間」は、何もしていないのではなく、心を整える時間だったのかもしれません。
「何もしない」を、予定に入れてみる
とはいえ、便利さを手放す必要はないと思っています。使えるものは使えばいい。
大事なのは、「何もしない時間」を意識して残すことなんだと思います。
- 駅のホームでは、スマホを出さずに空を見てみる
- お風呂の中だけは、何も持ち込まない
- 寝る前の10分は、画面を見ずにただ天井を眺める
- 週に一度、あえて目的のない散歩に出る
どれも小さなことですが、続けてみると、気持ちの置き場所が少し変わってきます。
便利さの先にある、ぜいたく
昔は、何もしない時間は「ヒマ」と呼ばれて、むしろ避けたいものでした。
でも、何でも便利に手に入る今は、何もしない時間こそが、お金でも買えないぜいたくになってきたように思います。
何かを足すより、何も足さない。そんな時間を、自分のために少しだけ残してあげる。便利な毎日を上手に使いながら、「何もしない」という小さなぜいたくを、大切にしていきたいですね。
あなたは最後に、ぼーっとしたのはいつですか。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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