ふと気づいたのは、いつもの朝の駅でした。
改札の前で、私は何も出さずに、ただ前を向いて歩いていました。カバンの中を探ることも、ポケットに手を入れることもありません。顔を向けたまま、気づいたら改札を抜けていたのです。
その瞬間、「あれ、今って、すごい時代なのでは?」と、遅れて驚きがやってきました。
10円玉が、命綱だった頃
少し昔の話をします。
待ち合わせに遅れそうなとき、私たちは公衆電話を探しました。駅の隅、コンビニの前、商店街の角。緑色の電話ボックスを見つけると、少しほっとしたものです。
けれど、そこで大事になるのが10円玉でした。
財布を開けて、100円玉はあるのに10円玉がない。「両替してもらうしかない」と、近くのお店に入って、気まずい思いで買い物をした人も多いのではないでしょうか。
テレホンカードを持っていれば、それだけで少し余裕のある人に見えました。残り度数をちらっと確認して、「あと少しだな」と思いながら受話器を握る。あの緊張感は、今思うとちょっと愛おしいものがあります。
10円玉がチャリンと落ちる音。通話の残り時間が気になって、早口になる自分。「あと10秒で切れるよ」という合図のような音。
連絡を取るというのは、ちょっとした準備と覚悟が必要なことだったのです。
切符を買うのにも、ひと仕事あった
駅の風景も、今とは違いました。
券売機の前で路線図を見上げて、目的地までの運賃を探す。見つからなくて、とりあえず最安の切符を買って、降りたときに精算する。そんなことも日常でした。
小銭が足りなければ、後ろに並んだ人の視線を少し気にしながら、あわてて財布をひっくり返す。切符を改札に入れて、出てきた切符をつかみ、また次の改札へ。
あの「切符を取り忘れそうになる」小さなハラハラも、今ではあまり感じなくなりました。
ICカードが来て、「持つ」だけで済むようになった
そこへ、ICカードがやってきました。
最初は「本当にタッチだけでいいの?」と、半信半疑でした。改札の前で、ちょっとだけ速度を落としてしまったことを覚えています。
でも、一度慣れると、もう戻れません。
カバンの中から取り出すのも面倒になって、定期入れごとタッチしたり、スマホをかざしたりするようになりました。財布を開く回数は、確実に減っていったのです。
小銭を持ち歩くことが、少しずつ「特別なこと」になっていきました。
そして、顔だけで通る時代
そして今、顔だけで通れる改札があります。
顔を向けて歩くだけで、本人かどうかを確かめて、ゲートが開く。何も出さなくていい。何もかざさなくていい。
ここまでくると、「便利」を通り越して、少し不思議な感覚になります。
あの10円玉を探していた私が、今は何も持たずに、ただ歩くだけで駅を通り抜けている。同じ駅なのに、同じ私なのに、通り方がまったく違うのです。
便利になって、変わったこと
便利になって、確かに失ったものもあるかもしれません。
公衆電話を探して歩き回った時間。やっと見つけた電話ボックスの安心感。10円玉が足りなくて焦った思い出。今の若い人には、きっと伝わりにくい感覚でしょう。
でも、便利になったおかげで、手に入れたものもたくさんあります。
- 遅れそうなときに、すぐ連絡ができる安心
- 小銭を探さなくていい、朝の余裕
- 荷物で手がふさがっていても、立ち止まらずに進める軽やかさ
- 改札で慌てなくていい、ほんの少しの心の余白
その「ほんの少しの余白」が、毎日の朝にじわじわ効いている気がします。
少しだけ、気をつけたいこと
ただ、便利になるほど、気をつけたいこともあります。
顔で通れるサービスは、利用するには事前の登録が必要です。自分の情報をどう預けるのか、どんな仕組みで管理されるのか。便利さの裏側にあることを、一度は知っておいても損はないと思います。
「便利そうだから、とりあえず使う」ではなく、「どんなサービスで、何を預けるのか」を、自分のペースで確認する。それも、便利な時代を上手に楽しむコツかもしれません。
10円玉のあの音を、ときどき思い出しながら
今日も、私は顔を向けて改札を通ります。
何も出さずに通り抜けながら、ときどき、あの10円玉の音を思い出します。
チャリン。
あの小さな音が、連絡ひとつに必要だった時代。そこから、顔ひとつで駅を通れる今まで。振り返ってみると、本当に遠くまで来たものだと思います。
便利になった毎日を、ありがたく思いながら。そして、不便だった頃の記憶も、ちょっとだけ大切にしながら。
そんなふうに、これからも暮らしていきたいなと思います。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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