先日、友達とごはんを食べているときのことです。
話の流れで、ある俳優さんの名前が出てきました。「あの人、前にドラマに出てたよな。えっと、何のドラマやったっけ」。
そこで私の口から出たのが、あの言葉でした。
「ちょっと待って、今調べる」
言った瞬間は何も思わなかったのですが、家に帰ってから、ふと気づきました。この言葉、最近いろんな場面で言っていないか、と。
気がつけば、一日に何回も言っている
思い返してみると、こんな具合です。
- 「この店、何時までやってたっけ? ちょっと待って、今調べる」
- 「この映画、結末どうなるんやったっけ。ちょっと待って、今調べる」
- 「この漢字、どう書くんやっけ。ちょっと待って、今調べる」
- 「明日の天気、雨やったかな。ちょっと待って、今調べる」
数えてみたら、多い日は片手では足りません。
昔なら、こういうときは「まあええか」で流していたことが多かった気がします。思い出せないまま話が次に進んで、帰り道にふと「あ、あれや!」と思い出す。そんな時間も、今思えば悪くなかったのです。
「わからない」が、数秒で終わる時代
便利になったなあ、とあらためて思います。
わからないことがあっても、ポケットからスマホを出せば、数秒で答えが出ます。店の営業時間も、電車の乗り換えも、昔の人が図書館で一時間かけて調べていたようなことも、全部です。
「あれ、何やったっけ」というモヤモヤが、ほぼ一瞬で消えてくれる。これはすごいことです。
たとえば、道に迷ったとき。昔は地図を広げて、電柱の住所表示を探して、最後は通りがかりの人に聞くしかありませんでした。今は地図アプリを開けば、自分がどこにいて、どっちに歩けばいいのかまで教えてくれます。
「ちょっと待って、今調べる」は、便利な時代を生きている人の、ごく自然な口ぐせなのだと思います。
それでも、あの「間」がちょっと好きだった
ただ、ひとつだけ、ほんの少し気になることがあります。
それは、答えが出るまでの**「間」**がなくなったことです。
「えーっと、なんやったかな……」と二人で首をひねっている時間。お互いにヒントを出し合って、「あれちゃう?」「いや、違うわ」と言い合う時間。結局わからなくて、「まあええわ」と笑って終わる時間。
あの数十秒は、答えが出ない代わりに、なぜか話が盛り上がっていたような気がするのです。
スマホで答えを調べると、正解は一瞬で出ます。でも、そのかわりに、みんなが画面を見て静かになる数秒が生まれます。正解は手に入るのに、会話のテンポが少しだけ止まる。これも、便利になったからこその小さな変化かもしれません。
だからといって、手放すつもりもない
誤解のないように言っておくと、私は調べるのをやめたいわけではありません。
むしろ、調べられることには感謝しています。間違った知識のまま過ごさなくていいですし、行きたかった店が定休日だったという悲劇も、かなり減りました。
ただ最近は、ひとつだけ気をつけるようにしています。
調べる前に、ほんの数秒だけ、自分で思い出そうとしてみる。
それだけです。
「あのドラマ、なんやったっけ……あ、思い出した!」と自分で答えにたどり着けたときの小さな嬉しさは、検索結果を見たときのそれとは、ちょっと味が違います。たった数秒の寄り道ですが、思い出せたときは、ちょっと得した気分になります。
今日も、きっと言うと思います
とはいえ、明日もたぶん私は言います。
「ちょっと待って、今調べる」
それでいいのだと思います。便利なものは、ありがたく使えばいい。そのうえで、たまには「間」を楽しむ余裕も持っておきたい。
便利になった時代に、便利と上手に付き合うこと。それが、いまの私にとっての、ちょうどいい距離感なのかもしれません。
あなたは、一日に何回「ちょっと待って、今調べる」と言っていますか?
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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