2026年6月14日日曜日

昔は不便だったことを考えると、便利さにも少し怖さがある

昔の生活を思い出すと、不便だったことはたくさんあります。

調べものをするには本を開いたり、人に聞いたり、図書館へ行ったりする必要がありました。

誰かと連絡を取るにも、家の電話を使ったり、手紙を書いたり、待ち合わせ場所と時間を前もって決めたりしていました。

今のように、すぐ検索できて、すぐ連絡できて、すぐ買い物ができる時代ではありません。

そう考えると、今の便利さは本当にすごいものだと思います。

スマホひとつあれば、地図も見られます。

天気もわかります。

ニュースも読めます。

動画も見られます。

買い物もできます。

昔ならいくつもの道具や時間が必要だったことが、今では手のひらの中で終わってしまいます。

便利になったこと自体は、もちろん悪いことではありません。

むしろ助かることのほうが多いです。

道に迷っても地図アプリがあります。

知らない言葉が出てきても、すぐに調べられます。

遠くにいる人とも、簡単に連絡が取れます。

時間や体力を節約できるという意味では、今の時代はとても恵まれているのだと思います。

ただ、便利さに慣れすぎると、少し怖いなと思うこともあります。

たとえば、検索すればすぐ答えが出るせいで、自分で考える時間が短くなっている気がします。

道を覚えなくても目的地に着けるので、土地勘が弱くなっている気もします。

連絡がすぐ取れることが当たり前になったせいで、返事が遅いだけで不安になったり、少し疲れたりすることもあります。

昔の不便さには、不便だからこその余白がありました。

待つ時間がありました。

考える時間がありました。

失敗しながら覚える時間がありました。

今はその余白が、どんどん短くなっているのかもしれません。

便利な道具は、使い方を間違えなければ心強い味方です。

でも、便利なものに全部を任せすぎると、自分の感覚や判断力まで少しずつ預けてしまうような気がします。

何でも自動で決めてくれる。

何でもおすすめしてくれる。

何でも先回りして教えてくれる。

それは楽でありがたい反面、自分で選んでいるようで、実は選ばされているだけなのではないかと思う瞬間もあります。

昔に戻りたいわけではありません。

不便だった時代が、すべてよかったとも思いません。

ただ、不便だったころを知ると、今の便利さがどれだけ大きなものかがわかります。

そして同時に、その便利さに飲み込まれないようにしたいとも思います。

便利なものは使えばいい。

でも、ときどき立ち止まって、自分で考える時間も残しておきたい。

スマホを閉じて、何も調べずに考える。

すぐ答えを出さずに、少し悩んでみる。

遠回りでも、自分の足で確かめてみる。

そんな小さな不便さを、あえて残しておくことも大事なのかもしれません。

便利になった今だからこそ、不便だったころの感覚を忘れない。

それが、便利さと上手につき合うための、ひとつの方法なのだと思います。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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