世の中には、最初は「なくても困らない」と思っていたのに、一度使い始めると手放せなくなる物があります。
便利な物というのは、生活を少し楽にしてくれるだけではありません。
気づかないうちに、自分の時間や気持ちの余裕まで作ってくれることがあります。
たとえば、スマホもそのひとつです。
昔は電話とメールができれば十分でした。
でも今では、調べ物、地図、写真、動画、買い物、支払いまで、ほとんどのことがスマホひとつでできてしまいます。
便利すぎるからこそ、家に忘れただけで少し落ち着かなくなることもあります。
それだけ生活の中に深く入り込んでいるのだと思います。
コードレス掃除機も、使い始めると便利さを感じやすい物です。
大きな掃除機を出して、コードを伸ばして、コンセントを差して、という作業がないだけで掃除のハードルがかなり下がります。
少しホコリが気になった時に、すぐ掃除できる。
この「すぐできる」という感覚は、思っている以上に大きいです。
電気ケトルも、地味に手放せなくなりそうな物です。
お湯を沸かすだけなら鍋でもできます。
でも、ボタンひとつで短時間にお湯が沸く便利さに慣れると、もう前の生活には戻りにくくなります。
コーヒーを飲む時。
カップ麺を作る時。
少し温かい飲み物がほしい時。
そんな小さな場面で、電気ケトルは静かに役立っています。
派手ではないけれど、日常の中で何度も助けてくれる存在です。
最近は、キャッシュレス決済も便利すぎるもののひとつだと思います。
財布を出さなくても支払いができる。
小銭を探さなくてもいい。
レジ前で焦らなくてもいい。
ほんの数秒の差かもしれません。
でも、その数秒の楽さが積み重なると、かなり大きな便利さになります。
便利な物は、最初から生活に必要だったわけではありません。
でも一度使うと、「これがないと少し面倒だな」と感じるようになります。
それは少し怖いことでもあります。
便利さに慣れすぎると、不便に戻る力が弱くなる気もします。
ただ、それを悪いことだとは思いません。
人は昔から、少しでも楽に、少しでも快適に暮らすために、いろいろな物を作ってきました。
洗濯機も、冷蔵庫も、電子レンジも、最初は特別な便利品だったはずです。
それが今では、生活にあるのが当たり前になっています。
便利すぎて手放せなくなりそうな物は、これからも増えていくと思います。
AI、スマート家電、自動運転、音声操作、配達サービス。
今はまだ特別に見えるものも、いつか普通になるのかもしれません。
大事なのは、便利な物に振り回されすぎないことだと思います。
使う側でいるのか。
使われる側になってしまうのか。
そこは少し意識しておきたいところです。
便利な物は、時間を作ってくれます。
手間を減らしてくれます。
気持ちを少し楽にしてくれます。
だからこそ、その空いた時間をどう使うかが大切なのかもしれません。
ただ楽をするだけではなく、少し休む。
好きなことをする。
考える時間を持つ。
誰かとの時間を大事にする。
便利すぎて手放せなくなりそうな物は、これからも生活の中に増えていくはずです。
その便利さをありがたく使いながら、自分の暮らしを少しずつ整えていけたらいいなと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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