買い物はスマホでできます。
調べものも、すぐにできます。
連絡も、昔よりずっと早くできます。
でも、不思議なことに、
便利になったぶん、
人は楽になったのかというと、
そうでもない気がします。
むしろ、昔より忙しい。
そんなふうに感じる人も、
多いのではないでしょうか。
今回は、
便利になったのに忙しいと感じる理由を、
3つに分けて考えてみます。
まずひとつ目は、
「すぐできる」が増えすぎたことです。
便利な道具が増えると、
ひとつひとつの作業は早くなります。
メールもすぐ送れます。
予定もすぐ確認できます。
買い物も、支払いも、予約も、
数分で終わります。
けれど、早く終わるようになったぶん、
その空いた時間に、
また別の用事が入ってきます。
本当なら、
便利になったぶん休めるはずなのに、
現実は、
便利になったぶん、
さらに多くのことを求められている気がします。
昔なら一日かかったことが、
今はすぐ終わる。
だからこそ、
「じゃあ次もできるよね」
という空気が生まれてしまうのかもしれません。
便利さは、
休む時間を増やすものだったはずなのに、
いつの間にか、
やることを増やす力にもなっているのです。
ふたつ目は、
連絡が途切れなくなったことです。
スマホがあると、
どこにいても誰かとつながれます。
それは、とても便利です。
でも同時に、
どこにいても連絡が来るということでもあります。
家にいても、
休みの日でも、
夜でも、
通知が鳴れば、
少しだけ心がそちらへ向きます。
返事をしなければ。
確認しなければ。
見落としていないだろうか。
そんな小さな緊張が、
積み重なっていきます。
体は休んでいても、
頭のどこかが、
ずっと待機しているような状態です。
本当に何もしていない時間が、
少なくなっているのかもしれません。
便利な連絡手段は、
人との距離を近くしました。
けれどそのぶん、
自分だけの静かな時間は、
少しずつ見えにくくなっている気がします。
三つ目は、
情報が多すぎることです。
今は、知りたいことをすぐに調べられます。
それは本当にありがたいことです。
でも、ひとつ調べると、
次の情報が出てきます。
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気づけば、
必要な情報を探していたはずなのに、
関係のないものまで見てしまうことがあります。
情報が多いと、
選ぶだけでも疲れます。
何が正しいのか。
どれを選べばいいのか。
自分は遅れていないのか。
もっと頑張らないといけないのか。
そんな気持ちが、
知らないうちに増えていきます。
便利なはずの情報が、
ときどき心を急がせるのです。
便利になった世の中は、
たしかに暮らしを助けてくれています。
でも、便利さは、
そのまま安心につながるとは限りません。
すぐできるから、
もっと求められる。
すぐつながるから、
休んでいても気が抜けない。
すぐ知れるから、
知らなくてもよかったことまで入ってくる。
そう考えると、
忙しさの正体は、
やることの量だけではないのかもしれません。
心が休まるすき間が、
少なくなっていること。
それが、
便利になったのに忙しいと感じる理由なのだと思います。
便利なものを使うことは、
悪いことではありません。
むしろ、上手に使えば、
暮らしを助けてくれるものです。
ただ、全部に反応しなくてもいい。
すぐに返さなくてもいい。
知らないままでいいこともある。
そんなふうに、
少しだけ距離を取ることも、
これからの時代には必要なのかもしれません。
便利になった世の中で、
本当に大事なのは、
もっと速く動くことではなく、
少し立ち止まる時間を守ること。
忙しい毎日の中で、
何もしない時間を少しだけ残しておく。
それだけでも、
便利さに追いかけられる毎日から、
少しだけ離れられる気がします。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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