世の中は、ずいぶん便利になった。
買い物も、調べものも、連絡も、予約も、
昔よりずっと早くできるようになった。
スマホを少し触るだけで、
欲しいものが届き、
知りたいことが出てきて、
遠くの人ともすぐにつながれる。
それは本当にありがたいことだと思う。
昔なら時間がかかっていたことが、
今では数分で終わる。
面倒だった手続きも、
並ばなくてもできることが増えた。
道に迷っても地図が教えてくれるし、
分からない言葉もすぐに調べられる。
便利さに助けられている場面は、
毎日の中にたくさんある。
でも、ふとした時に思う。
便利になったぶん、
少し寂しくなったものもあるのではないかと。
誰かに聞かなくても分かる。
人に頼まなくてもできる。
待たなくても届く。
迷わなくても進める。
それは楽なことだけれど、
その途中にあった会話や、
偶然や、
少しの不便さまで、
どこかへ消えてしまった気もする。
昔は、分からないことがあると、
人に聞いた。
お店の人に尋ねたり、
近くにいる誰かに道を聞いたり、
詳しい人に教えてもらったりした。
そのやり取りの中に、
少しだけ人の温度があった。
今は画面がすぐに答えてくれる。
それは正確で、早くて、便利だけれど、
どこか静かすぎる時がある。
待つ時間も減った。
届くのを楽しみにする時間、
返事を待つ時間、
順番を待ちながらぼんやりする時間。
そういう何でもない時間は、
無駄のようで、
実は心を休ませていたのかもしれない。
便利になったことで、
私たちはたくさんの時間を手に入れた。
けれど、その手に入れた時間を、
また別の忙しさで埋めているようにも感じる。
もっと早く。
もっと簡単に。
もっと効率よく。
そう考えることが増えるほど、
何もしない時間を持つことが、
少し下手になっている気がする。
便利さは悪いものではない。
むしろ、生活を助けてくれる大切なものだ。
ただ、その便利さの中で、
置いてきたものにも、
たまには目を向けてもいいのかもしれない。
少し遠回りすること。
誰かに聞いてみること。
待つ時間を味わうこと。
すぐに答えを出さないこと。
そういう不便に見えるものの中にも、
人間らしい豊かさが残っている。
便利になった今だからこそ、
あえて少しゆっくりする。
すぐに済ませられることを、
少し丁寧にやってみる。
画面だけではなく、
目の前の景色や人の声にも気づいてみる。
便利になったけど、少し寂しくもある。
その寂しさは、
昔に戻りたいということではなく、
大切なものまで急いで通り過ぎたくないという、
小さな気持ちなのかもしれない。
便利さに助けられながら、
寂しさにも気づいている。
そのくらいの距離感で、
今の時代を歩いていけたらいいと思う。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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