2026年5月26日火曜日

便利になったけど、少し寂しくもある

世の中は、ずいぶん便利になった。

買い物も、調べものも、連絡も、予約も、
昔よりずっと早くできるようになった。

スマホを少し触るだけで、
欲しいものが届き、
知りたいことが出てきて、
遠くの人ともすぐにつながれる。

それは本当にありがたいことだと思う。

昔なら時間がかかっていたことが、
今では数分で終わる。

面倒だった手続きも、
並ばなくてもできることが増えた。

道に迷っても地図が教えてくれるし、
分からない言葉もすぐに調べられる。

便利さに助けられている場面は、
毎日の中にたくさんある。

でも、ふとした時に思う。

便利になったぶん、
少し寂しくなったものもあるのではないかと。

誰かに聞かなくても分かる。
人に頼まなくてもできる。
待たなくても届く。
迷わなくても進める。

それは楽なことだけれど、
その途中にあった会話や、
偶然や、
少しの不便さまで、
どこかへ消えてしまった気もする。

昔は、分からないことがあると、
人に聞いた。

お店の人に尋ねたり、
近くにいる誰かに道を聞いたり、
詳しい人に教えてもらったりした。

そのやり取りの中に、
少しだけ人の温度があった。

今は画面がすぐに答えてくれる。

それは正確で、早くて、便利だけれど、
どこか静かすぎる時がある。

待つ時間も減った。

届くのを楽しみにする時間、
返事を待つ時間、
順番を待ちながらぼんやりする時間。

そういう何でもない時間は、
無駄のようで、
実は心を休ませていたのかもしれない。

便利になったことで、
私たちはたくさんの時間を手に入れた。

けれど、その手に入れた時間を、
また別の忙しさで埋めているようにも感じる。

もっと早く。
もっと簡単に。
もっと効率よく。

そう考えることが増えるほど、
何もしない時間を持つことが、
少し下手になっている気がする。

便利さは悪いものではない。

むしろ、生活を助けてくれる大切なものだ。

ただ、その便利さの中で、
置いてきたものにも、
たまには目を向けてもいいのかもしれない。

少し遠回りすること。
誰かに聞いてみること。
待つ時間を味わうこと。
すぐに答えを出さないこと。

そういう不便に見えるものの中にも、
人間らしい豊かさが残っている。

便利になった今だからこそ、
あえて少しゆっくりする。

すぐに済ませられることを、
少し丁寧にやってみる。

画面だけではなく、
目の前の景色や人の声にも気づいてみる。

便利になったけど、少し寂しくもある。

その寂しさは、
昔に戻りたいということではなく、
大切なものまで急いで通り過ぎたくないという、
小さな気持ちなのかもしれない。

便利さに助けられながら、
寂しさにも気づいている。

そのくらいの距離感で、
今の時代を歩いていけたらいいと思う。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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