2026年5月28日木曜日

便利さに慣れると、昔の不便を忘れてしまう

今の生活は、ずいぶん便利になったと思います。

わからないことがあれば、すぐに調べられる。
遠くの人にも、すぐに連絡できる。
買い物も、予約も、支払いも、スマホひとつで済んでしまう。

昔なら、少し時間がかかっていたことが、
今では当たり前のように一瞬で終わります。

それは本当にありがたいことです。

でも、便利さに慣れてしまうと、
昔の不便さを、少しずつ忘れてしまう気もします。

待ち合わせをするだけでも、昔は大変でした。

相手が来なければ、ただ待つしかない。
遅れているのか、来られなくなったのか、
今どこにいるのかもわからない。

それでも人は、信じて待っていました。

道に迷ったときも、今のように地図アプリはありません。
人に聞いたり、看板を見たり、
なんとなくの勘で歩いたりしていました。

時間もかかるし、間違えることもある。

でも、その途中で知らない道を見つけたり、
思いがけない店に出会ったりすることもありました。

不便だったからこそ、
記憶に残る景色もあったのかもしれません。

便利になることは、悪いことではありません。
むしろ、生活を助けてくれる大切なものです。

けれど、便利さが当たり前になりすぎると、
少し待つことにも、
少し手間がかかることにも、
すぐに不満を感じてしまうことがあります。

昔なら普通だったことが、
今では面倒に感じてしまう。

それだけ私たちは、
便利な世界に慣れてしまったのだと思います。

昔の不便を美化する必要はありません。
戻りたいわけでもありません。

ただ、不便だった時代には、
今よりもゆっくり考える時間や、
人に頼る場面や、
待つことを受け入れる余白があったようにも感じます。

便利さは、時間を短くしてくれます。
でも、その短くなった時間の中で、
私たちは本当に余裕を持てているのか。

そこは、少し考えてしまいます。

便利になった今だからこそ、
昔の不便を思い出すことにも意味があるのかもしれません。

不便だったから見えていたもの。
手間がかかったから大切にしていたもの。
待たされたからこそ、感じられたもの。

そういうものを全部忘れてしまうと、
便利さの中にいるはずなのに、
心だけが忙しくなってしまう気がします。

便利な時代を生きながら、
少しだけ不便だった頃の感覚も覚えておく。

それくらいが、ちょうどいいのかもしれません。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿